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呼吸器外科(概要)

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呼吸器外科

診療方針~単孔式胸腔鏡手術

単孔式胸腔鏡手術とは

単孔式胸腔鏡手術とは、一つの穴から、すべての手術操作を行う胸腔鏡手術を指します。体壁に開ける手術操作用の穴を、外科用語で『孔(こう、英語ではアクセスポートaccess portまたは単にポートport)』と呼び、一つの孔から行う胸腔鏡手術という意味で、単孔式胸腔鏡手術となります。現在主流の胸腔鏡手術のほとんどは、複数のポート(孔)を使う方法のため、これらと区別するため、「単孔式」と表記されています。

肋骨に阻まれて、隙間の狭い肋間に、横長の大きな創を作らなければ、手術ができなかった呼吸器外科にとって、小さな創ひとつから、様々な手術ができるようになったことは、呼吸器外科の歴史にとっても、大変意義深く、ロボット支援手術とともに今後大きな可能性を秘めた方法と言われています。

単孔式胸腔鏡手術は、胸腔鏡手術登場のころから試みられていましたが、肺の一部を削り取って終わるような単純な手術に留まっていました。内視鏡手術の技術や、手術機器の改良・開発が進んだことで、改めて単孔式の胸腔鏡手術が見直されるようになり、2011年の肺癌に対する単孔式胸腔鏡手術の報告(Gonzálezら Interact Cardiovasc Thorac Surg誌 2011)を契機に、急速に広がっている手技です。現在では、肺癌や自然気胸、縦隔腫瘍など様々な疾患に対する手術が、単孔式胸腔鏡手術で実施されています。

単孔式胸腔鏡手術は、英語ではSingle-port VATS, Single incision VATS, Uniportal VATSなどと表記されており、ユニポートVATSと呼ぶことが多いです。

VATSはVideo-assisted thoracic (または thoracoscopic ) surgeryの略で、胸腔鏡を使って行う手術全体を総称する用語です。


キズの大きさ

キズ(注)といっても、大きなキズでは、あばらの間を大きく開けて行った旧来の開胸手術と変わりません。あまり小さすぎても、病変や臓器を取り出せません。厳格な定義はありませんが、概ね4センチ前後のキズで行う胸腔鏡手術を単孔式胸腔鏡手術と見なす(注)のが、今のところ、多くの呼吸器外科医にとって納得・了解できる目安でしょう。今では、単孔式と区別するために、複数のキズで行う従来からの胸腔鏡手術を、わざわざ多孔式胸腔鏡手術(マルチポートバッツ、multiportal VATS)と呼び分けることもあり、更に、キズひとつではないものの、従来より減らしたような場合を、Reduced port VATS(まだ訳語はないようです)と称するようになっています。

注(キズ):皮膚が、一部でも切れたり裂けたりすれば、日常生活では「キズ」と言います。医学では、手術などの治療や検査の目的で、意図的に皮膚に「キズ」を入れた場合は、「キズ」と呼ばずに「創(そう)」と呼びます。ただし、注射針の刺し傷のように、皮膚の下の組織が露出することなく、あとも残さずに、自然にきれいに治る場合は除きます。創以外の「キズ」が「傷」で、怪我で皮膚が切れれば「外傷」です。ここでは、一般の方にも理解しやすいよう、手術の創にも「キズ」の字を使いました。ちなみに、「キズ跡」のことを医学では「痕(こん)」と言い、これは手術でも外傷でも同じように呼びます。

注(4センチ):手術操作に必要な最小限のキズの長さの最大公約数が、およそ4センチという理解が良いと思います。この長さは単孔式手術を実施するうちに、次第に集約されてきた、いわば経験による至適あるいは最頻値と言えるもので、根拠となる科学的な事実や理論はありません。当然、体格の違いや病変の大きさによっても、キズの長さは変わります。特に病変が大きいと、4センチのキズで切り取れても、体外に取り出せないことがありますので、手術の最終段階に、キズを少し大きくすることもあります。手術の意義が、4センチという特定の長さに起因するものではないので、長さに拘り過ぎて無理をしないよう、手術の柔軟性を確保するために、あえて厳密な定義を避けていると言えるかも知れません。


単孔式胸腔鏡手術が目指すもの

単孔式手術は、古くて新しい手法です。今、なぜ単孔式胸腔鏡手術が見直され、諸外国で広まっているのか、単孔式胸腔鏡手術のメリットやデメリットだけでなく、専門家が交わす議論の論点が理解できるよう、これまでの内視鏡手術や単孔式手術が辿ってきた道のりを、簡単にご紹介します。

キズなし手術が外科医の夢

手術でキズができると、痛みや跡が残ります。あとあとの痛みや、キズ跡のことが気になって、手術をタメラッテしまうこともあるでしょう。痛みも跡も、できる限り減らし、無くしていくためには、できるならキズは小さく、理想を言えばキズなしに、手術できなければなりません。

キズなし手術は、夢物語としても、キズを可能な限り少なく、小さくと思うのは、手術を受ける人の願いであるだけなく、毎日のように他人をキズつけている外科医にとっても、偽らざる望みです。

麻酔のおかげで、少なくとも手術の最中は、痛みなしが実現できています。しかし、麻酔は所詮、一時だけのもの(注)。麻酔が覚めて、術後それなりに日時が過ぎれば、キズ付いた体は痛みます。病気を治すために、病巣や臓器を切り取る以上、痛みが出る(注)ことは避けられず、治療の対価として耐えるべきもの(英語では患者のことをpatient、耐えるという言葉を使います)という考え方が、医療者の中にも浸透していました。

注(痛みと麻酔):術後のキズの痛みを和らげる方策は、開胸手術時代から様々考案され、試されてきました。胸のキズの痛みには、理論上、肋間神経が関与していると考えられています。該当する肋間神経をアルコールや凍結でブロックする方法、局所麻酔薬で麻痺させる方法、神経を切ってしまう方法などなどです。神経を麻痺させたり、切断したりすれば、痛覚とともに知覚も鈍麻します。痛みは減っても、触覚も犠牲になりがちです。また、人によっては、神経を切断することで、かえって知覚の異常を感じるようになることもあります。残念ですが、術後の痛みだけを恒久的に減ずる良い方法は、見つかっていません。幸い、術後の痛みは、多くの人で、時間とともに減じます。手術直後であれば、背中の脊髄のそばを麻酔する、硬膜外麻酔という方法が有効で、多くの病院で、術後の鎮痛用に使われています。この麻酔は、術後数日程度の短期間しか利用できません。

注(痛みが出る):臓器や組織は、切ってもあまり痛みを感じません。切った肺が痛いとか、切った胃が痛いとは感じることはなく、痛いのは、ほとんど皮膚のキズです。これは肺や胃などの臓器に比べ、皮膚には知覚神経が多く分布しているからと考えられます。皮膚のほか、知覚神経が多い骨(骨膜)のキズも強い痛みがあります。胸部の手術は、肋骨(骨膜)を傷つけることが多く、皮膚の痛みだけでなく、肋骨の痛みも加わって、腹部のキズより痛むと考える胸部外科医は多いです。

「キズひとつ手術」試行錯誤の時代

近代外科は19世紀終盤に、始まったとされていますが、まだ麻酔法が発達していなかった時代であり、今よりずっと痛みの問題は、大きかったでしょう(注)。そのせいか、すでに近代外科が芽生え始めたころには、小さなキズ一つで手術を行う方法が考案されていました。しかし、小さなキズ一つでは、たとえ何か見えたとしても、何か成すことは難しいし、できたとしても、大したことはできません。何とかできたとしても、小さなキズから取り出せるモノは、小さな臓器や組織だけです。発展性のない手術方法は、なかなか普及しませんでした。

第二次世界大戦前に、気管内挿管による全身麻酔が米国で開発され、手術ができる範囲が広がるようになると、外科医の間では、むしろキズは広く大きいほうが良いとされるようになっていきます。遅れて戦後我が国でも、米国の麻酔技術が導入されると、手術はより大きくなりはじめ、様々なキズの作り方が考案されました。キズは大きいほうが安全であり、うまい外科医のキズは大きいと指導する医師もいました。

注(昔の手術):結核が猛威を振るっていた時代、我が国では戦後しばらくまで、結核の外科治療は局所麻酔で行われていました。痛みや苦しさを訴える患者を励ましながら、手術をしていたそうです。手術中に患者が意識を失うことも多かったようで、止血技術もほとんどない時代、手術は時間との勝負、手術室は文字通り命懸けの修羅場だったと、先輩呼吸器外科医たちから、教わりました。

手術の拡大路線「大きいことはいいこと」

気管内挿管による全身麻酔の登場で、外科手術は飛躍的に進歩しました。長時間の手術が、安定して実施できるようになり、我が国での経済の発展を追うように、外科手術も拡大路線をひた走ります。大きく取ることが、手術の治療効果をより高めると考えられ、告知もない時代、競うように、取って取って取りまくる手術が行われていました。

拡大路線の転換点

ところが、バブルのころには、手術の治療成績は、頭打ちとなっていただけでなく、手術が必要以上に大きくなったことで、術後の合併症や後遺症などの障害も増え、「リスク(危険性)」ということが問題視されるようになりました(注)。すでにこのころまでに、一部の癌手術(乳癌)で、切除範囲を適度に減らしても、治療効果には差がないことが示されていて、他の癌でも、手術の大きさと治療効果の関係を、再評価しようとする動きが始まりました。ここに至って、手術の拡大路線は、大きな転換点を迎えたのです。

注(治療成績):このころまでの癌手術の治療成績は、現病死の割合で示すのが一般的でした。現病死とは、治療対象となった病気で死んだという意味で、現病が癌の場合、その癌が再発や進行して死亡したことを意味します。つまり、治療の合併症や治療の対象でなかった持病などで死亡した場合は除かれています。合併症の発生が、問題視されるようになったこのころから、治療成績は合併症などでの死亡者も含む、全死亡者の割合で示すように変わっています。全死亡者とは、現病による死亡だけでなく、合併症や持病による死亡はもちろん、事故死・自殺なども含み、原因を問わず、死亡した人すべてを指します。現在では、手術の成績は、この全死亡者(用語としては全生存者になっています)の割合で示すのが原則です。

低侵襲という言葉を謳った内視鏡手術の登場

今日普及している内視鏡手術は、近代外科創成から100年近くたった20世紀終盤、1980年代に始まったものです。ちょうど我が国では、バブル景気が始まったころです。内視鏡を使った手術では、それ以前の手術(開胸・開腹手術)に比べれば、圧倒的に小さなキズで手術ができるようになりました。キズが小さくなったことで、手術直後の痛みはかなり軽減したと言われ、手術に「低侵襲(注)」という考え方が定着しました。

注(侵襲):体への負担やダメージを、侵襲という言葉で表現します。具体的な何かを指す言葉ではなく、抽象的な概念です。人体への影響を表現するときに、便利なことから、医学では頻繁に使われますが、特定の検査結果や数値で、推し量れないため、何をもって低侵襲や高侵襲とするかなど、議論を複雑にし、解決不能なものにしています。

時期尚早で普及しなかった初期の単孔式胸腔鏡手術

キズが小さい内視鏡手術では、小さなキズを通せるように、細長い手術器具・器械を使います。内視鏡手術の登場で、キズ一つ手術実現の可能性は、一気に高まりました。内視鏡手術が開始されるとすぐ、1990年代初めには、単孔式内視鏡手術が、いくつか試みられました。しかし、当時の内視鏡手術は、手術に使う道具も、手術の手順や方法も、試行錯誤の繰り返し、画質も昔のアナログTV放送レベル、できる手術も、できる外科医も、限られていました。まだ、根幹となる内視鏡手術自体の安全性にも、疑問を投げかける外科医が多い時代で、その内視鏡手術を、単孔式で実施することへの批判が相次ぎ、結局内視鏡手術でも、その後しばらくの間、単孔式手術が主役を占めることは、ありませんでした。

内視鏡手術は多孔式で成熟した

今や、外科治療の主流となった感のある内視鏡手術ですが、多くの内視鏡手術では、キズは複数できます。体の中を内視鏡で見るためのキズに、操作用の器具・器械(注)を入れるキズを、いくつか加えることで、様々な手術に対応します。内視鏡手術普及の先駆けとなった腹腔鏡下胆嚢摘出術では、通常3~4個のキズを入れるのが標準的で、開発当初から現在まで、キズの数は、あまり変わっていないようです。より複雑な内視鏡手術では、キズが4~5個となることもよくあり、最新と言われているロボット支援胸腔鏡手術では、肺癌の手術を例にすると、最低でも5~6個のキズが必要となっており、技術の進歩に反して、より多くのキズが必要になるという逆転現象(?)も起きています。

注(器械):手術で使う道具の多くは、外科医が手で持って、手で道具を動かして、組織を切ったり縫ったりします。このような道具のことを「器械」と呼び、器械は、自ら切ったり縫ったりの動作はしません。ちなみに「機械」は、装置そのものが作動して何かの作業を成すものを言い、人はスイッチを操作するだけの装置が機械です。鑷子(せっし、ピンセットのこと)や持針器などの金属製の器械や器具を、「鋼製小物」とも呼びますが、手術操作に直接関係ないものも含むこともあり、外科医はあまり使いません。

内視鏡手術の進化は多孔から単孔へ

今日的な内視鏡手術(注)の始まりから十数年、21世紀に入るころには、内視鏡手術は、様々な領域に拡大、標準的な手法として浸透しました。映像技術や手術器械の改良が進んだだけでなく、外科医の知識や技術も蓄積洗練されました。熟練した外科医であれば、かなり複雑な手術も、内視鏡下に行えるようになり、逆に典型的な手術なら、キズを小さくしたり、減らしたりして行うことも、さほど困難ではなくなっていきました。こうして、再びキズを減らして行う手術が、脚光を浴びるようになり、その中で、呼吸器外科領域に広がってきた技術が、現在の単孔式胸腔鏡手術と呼ばれる手術方式(注)です。

注(今日的な内視鏡手術):体内を覗くだけの内視鏡の始まりは、19世紀初めといわれていますが、手術をするための内視鏡、つまり内視鏡手術の始まりは、20世紀初めで、ヤコビウス(Jacobaeus)という人が、膀胱鏡を腹腔(おなかの中)や胸腔(胸のなか)の観察や治療に応用できるとした報告(1911年)とされています。当時の内視鏡は、レンズを通して目で直接覗き込むもので、明かりも点かないものでした。その後、胸部領域では、特に結核の治療として発展しました(ちなみにヤコビウスは、当時、結核の治療法の一つであった、人工気胸の効果を上げるために、胸膜の癒着を焼灼する手技を、この内視鏡(今で言う胸腔鏡)で行っていましたが、手術=開胸であった当時、この内視鏡による癒着焼灼術は閉胸式と呼ばれていました)が、20世紀の中盤には衰退し、しばらく使われることはありませんでした。しかし内視鏡の技術はその後も受け継がれ、映像技術と融合して、世界最初の胆のう摘出術(1987年)につながり、現在の隆盛をみることになります。20世紀前半までの内視鏡手術と区別する意味で、今日的な内視鏡手術という言葉を使いました。

注(手術方式):「単孔式」という言葉も「胸腔鏡手術」のやり方を表現しているにすぎません。同じように、「胸腔鏡手術」といっても、胸腔鏡手術という特定の術式があるのではなく、胸腔鏡を使った様々な手術を総称する言葉です。いずれも、手術のやり方(外科医はアプローチとか到達方法と呼びます)を表現した用語です。手術に「方式」という表現は、医学では使いませんが、ほかに良い用語がないため、本稿ではこのような表現を使いました。本来は、単孔式胸腔鏡下肺癌手術とか、単孔式胸腔鏡下ブラ切除術とかのように、後半に具体的な手術内容を付記して初めて、手術術式と呼べる表現になります。

単孔式胸腔鏡手術に関する我が国と世界の情勢

日本の呼吸器外科では、世界的に見て、胸腔鏡手術への取り組みが早くから行われており、今日まで、非常に質の高い手術が、広く行われてきました。日本の呼吸器外科医の多くは、従来の多孔式胸腔鏡手術に、すでに十分熟達しており、ほとんどの手術を、多孔式胸腔鏡手術で行うことができます。そのためかどうかわかりませんが、日本の呼吸器外科医の多くは、ロボット支援手術の必要性を強く感じておらず、また単孔式への移行にも、消極的と言われています。

一方、胸腔鏡手術の導入が遅れた諸外国の施設では、近年になって、ロボット支援手術や単孔式胸腔鏡手術を、積極的に取り入れる姿勢に転じてきており、次世代の内視鏡手術として普及し始めています。米国を中心としたロボット支援手術を積極的に進める国々と、単孔式胸腔鏡手術を積極的に取り入れているアジアや欧州の一部の地域に分かれているのも特色で、いずれにせよ、日本式の多孔式胸腔鏡手術は、すでに時代遅れ扱いです。このままでは、日本の胸腔鏡手術も、携帯電話のように、ガラパゴス化の道を歩むことになるかもしれません。

遅ればせながら、我が国でも、単孔式手術を積極的に取り入れようとする施設は増えてきました。今、単孔式胸腔鏡手術は、国内外を問わず、各種学会や論文で必ず取り上げられる、重要なテーマになっています。日本呼吸器外科学会では、数年前から、若手外科医に対して、単孔式手術で有名な海外の病院での研修を斡旋しており、資金を援助する活動を始めました(日本呼吸器外科学会フェローシップ)。

近い将来の外科学の方向性

21世紀の外科は、内視鏡手術時代として始まりました。21世紀も四半世紀が過ぎつつある現在、世界の胸腔鏡手術は、次のステップに進みかけており、その一つの方向が、キズを最小で最少の一つに収めて行う単孔式手術です。おそらくこの手術方式は、現在盛んに開発が進むロボットアームの技術(注)と融合していくものと、予想されています。

注(ロボット):現在、我が国でロボット手術と呼んでいる手術方式は、厳密にはロボット支援手術と言います。なぜ「支援」を入れるかといえば、ロボットが手術を実行しているのではなく、実際にはマニュアル式の手術だからです。体内で臓器に直接触れる手術器械は、アームの先端に取り付けられ、外科医はアームを遠隔操作して、手術器械を動かすという仕組みです。手術用のロボットは、精密な電子部品を作ったり、流れ作業の中で車を組み立てたりする産業用ロボットとは全く違います。自律的に動いたり、自動運転したりはできません。アームの先に装着される手術器械・器具は、手術中、人間の手による交換が必要で、手術着を着た外科医が、そのために患者の横でスタンバイします。この交換要員の外科医は、機器に不具合が生じたら、ロボット装置を緊急停止させ、取り外して、緊急開胸手術をその手で実施します。肺癌のロボット支援手術では、キズは4つの孔に加えて、一つの緊急用補助開胸窓を必要とするなど、最先端の産業技術であるはずですが、手術の低侵襲化には、あまり貢献できていないようにも見えます。


単孔式胸腔鏡手術に対する当科の取り組み

私どもは、国内に胸腔鏡手術が導入され始めた1992年から、胸腔鏡手術に取り組んで参りました。およそ30年の胸腔鏡手術の経験の中で、当初は難しいと言われた肺癌のリンパ節郭清の手技を確立し、世界初の気管再建手術を成功させ(Surgery誌 2005)、気管支形成の手技を開発(Annals of Thoracic surgery誌 2007)してきました。私どもは、胸腔鏡手術の導入以来、日進月歩の最先端技術を活用しながら、手術の低侵襲化に努力してきましたが、いずれも多孔式での胸腔鏡手術でした。近年、単孔式胸腔鏡手術にマッチした医療機器(注)が、次々と開発されるに至り、当科でも単孔式胸腔鏡手術を取り入れました。

すでに当科では、標準的肺癌手術ならば、リンパ節郭清という癌手術の付帯的手技も含めて、単孔式で実施できるようになっています。キズ一つで、何でもできるようになったとまでは、まだ言えませんが、少なくとも当科で行う胸腔鏡手術の9割程度は、単孔式で実施できるようになっています。

注(医療機器):特に、ここ10年に開発・改良された4K映像システム、エネルギーデバイスと言われる特殊な血管閉鎖システム(注)、小型改良された自動縫合器(注)などは、単孔式胸腔鏡手術の実現に大きく貢献しました。

注(エネルギーデバイス):1926年ボビーとクッシングによって実用化された電気メスは、今日、大きく改良され、エネルギーデバイスと呼ばれるようになっています。電気メスは、高周波電流を体内に通し、発生する熱エネルギーで、組織内の水分を昇華させて組織を切る、あるいは、組織の蛋白質を凝固させ、血管を塞いで止血するという装置です。現在では、高周波を巧妙に調整することで、さまざまな効果を生む装置に発展しています。電気メスとは別に、器械の先端を超音波で振動させて、組織の変性を起こす装置なども開発されており、一括してエネルギーデバイスと呼ばれます。最新のエネルギーデバイスは、繊細でかつ強力になっていて、従来では閉鎖止血が難しいとされた肺の血管も、ボタン一つで閉鎖できるようになっています。

注(自動縫合器):現在の胸腔鏡手術を実現可能にした装置が、内視鏡手術用自動縫合器と言われる装置です。肺の手術では、肺を切ったり、縫ったりする必要がありますが、これを容易にしてくれる装置が自動縫合器です。糸を針で縫い付け、ハサミやメスで切り分けるのではなく、ホッチキスのような形状の金属を、複数の列に並べて肺に打ち込み、打ち込まれた金属の列の間をナイフが自動で進んで、肺を切り分けると同時に、切れ端が金属で閉鎖されるようになったものが、自動縫合器です。ステープラー(stapler)と呼ぶ外科医が多いです。ハンガリーの外科医ペッツが、1924年「胃断端縫合器」として開発したものが原型です。内視鏡手術専用のものが、1992年ごろ発売されましたが、初期のものは、挟める肺の厚みも限定的で、全体も直線状の構造でしたが、その後、先端に関節部分ができ、先端部を回旋・屈曲させて使えるようになったものや、肺だけでなく、血管にも使えるようにしたものも作られ、更に最近では、電動化され、先端をより狭小・小型化したものなどが使えるようになりました。


単孔式手術のメリット

単孔式となったと言っても、あくまで手術のやり方、方法(到達法)が変わっただけで、病巣を切り取ったり、縫ったりして治すという外科治療としての、手術の本質部分は同じです。換言すれば、「キズが一つになっただけで、何も変わってない」わけですから、その変化はあまり大きいものではない、のかもしれません。

確かなことは「痛む場所は1か所」

痛む場所が、限定された1か所となることは、胸部の手術直後には、大きな意味を持ちます。当たり前ですが、痛むところを下にして、横になれば、刺激で強く痛みます。睡眠中に、不用意に寝返りを打つと、激痛で目が覚め、体は疲れているのに、熟睡できません。高齢での手術が多い肺癌の手術では、睡眠不足は、様々なトラブルのもと(注)になることが分かっています。

呼吸器外科の手術では、脇の下や背中側の広い範囲に、キズを作ることが多く、広い範囲に痛みがあると、仰向けに寝ていても痛み、横向きになっていても痛みます。痛みに対する不安感で、寝付けない事態に陥ることも少なくありません。術後の睡眠不足は、様々な精神的・肉体的不調を招くので、できるかぎり避けるようしなければなりません。

痛む範囲が限られ、痛くない範囲が広がれば、下にして寝られる向きが増え、安眠しやすくなります。たったそれだけのことのように思われるかもしれませんが、とても大きな改善です。寝られないなら、睡眠剤を服用すれば良いという考えもありますが、それでも目が覚めるのが、手術直後のキズの痛みであり、それでも痛みなく寝ようとするなら、翌朝ふらつくほどの薬が必要になる時もあります。

痛む場所が、狭い範囲に限られているということは、特に痛みが強い胸部手術の後(注)では、単孔式手術にとって最大のメリットになると考えています。

注(トラブルのもと):一番多いのが、せん妄と言われる状態で、突然起き上がって叫んだり、錯乱、興奮状態になったりします。術後は早期離床(そうきりしょう)と言って、できる限り昼間は起きて生活することが、合併症予防につながる一番良い方法と考えられていますが、睡眠不足では、昼間にウトウトしてしまい、生活リズムをさらに崩すことになりがちです。

注(痛みが強い胸部手術):手術のキズの痛みの強さは、場所により異なるといわれています。同じ腹部では、上腹部より下腹部のほうが痛みは強くないですし、肋骨を切る開胸より、胸骨(胸の中央にある骨)を切る開胸のほうが痛みは少ないといわれています。腹部と胸部では、圧倒的に胸部の痛みのほうが強いというのが、両方の手術を受けた人に共通する感想です。呼吸器外科の手術は、上に挙げた中でも一番痛みが強い肋骨を切る開胸手術が、標準手術でした。呼吸器外科医が、当初より内視鏡手術への関心を示し、広く普及したのは、術後の痛みで起きる問題に、長い間、悩まされ続けてきたためかも知れません。

キズは目立ちにくい

この点は、説明の余地がないでしょう。ただ、美容的な手術として実施するものではありません。


最後に

長い外科の歴史の中で、試行錯誤されてきた「キズ一つでの手術」が、ようやく実現しつつあります。日本の呼吸器外科は、局所麻酔下、平圧開胸(注)という、想像を絶するような結核手術で興隆し、その後数十年をかけて、今、4センチというキズ一つで、当時よりもはるかに複雑な手術を成し遂げ、90歳近い人でも、数日で退院できるようになったのです(個人差があります)。

確かに、エビデンスベース(科学的根拠に基づく)として、単孔式胸腔鏡手技を評価すれば、今のところ、言えることは「この小さなキズ一つで、肺癌の手術ができる時代になった」「キズが減っているので、すこしは楽になったに違いない」という、非常に主観的な感慨や満足感だけしかない、のかも知れません。ただ、これを成せたのは、外科技術と産業の進歩であり、キズを減らしたい、キズを減らすことが患者の利益になるという外科医の強い思いであることは、間違いありません。同じことは、きっと手術のキズを見た多くの人に、感じてもらえると思います。

「最新医療を地域に提供する」を、診療方針の柱の一つとしている当科としては、単孔式胸腔鏡手術に、特に施行上の問題となるようなデメリットがない限り、この技術を追求し、需要がある限り、その技術を提供していくことにしております。

単孔式手術に関しては、今なお専門医の間で、賛否様々な意見が交わされており、その状況は、四半世紀前、胸腔鏡手術が導入され始めたころに、よく似ています。単孔式胸腔鏡手術に対する賛否の意見と、当科の見解を、当科のQ&Aページに別途掲載しましたので、併せてご覧下さい。

注(局所麻酔下、平圧開胸):戦前の我が国では、肺の手術も局所麻酔、つまり麻酔薬を切開する場所に直接、注射して行う麻酔法で、行われていました。今でも歯の治療などでおなじみの麻酔法が局所麻酔です。当時はまだ人工呼吸器がありませんでしたので、手術中は、患者自身が呼吸し続ける必要があり、現在の全身麻酔と違って、意識をなくすことはできません。胸を開ける(これを開胸と言います)と、胸の中に大気が入り込み、肺は萎みます。萎んだ肺では呼吸ができなくなりますので、反対側の肺を使って、一生懸命息をし続け、肋骨や筋肉を切ったりしている間、ただただ痛みに耐え、息苦しさの中、手術が終わるのを、待つしかなかったのです。結核時代は、まだ肺を切り取ること(直達手術と呼びました)は難しく、大半の手術は、肋骨や筋肉を切り落として肺を潰す、虚脱療法でした。その虚脱療法をより確実に行うためにヤコビウスが考案したのが、世界最初の胸腔鏡です。